ざるごのブログ

インターネットが完全に普及してしまった今、私たちはどこに未来を見出せばよいのだろう?

投稿日時: 2023/12/15 21:26

最終更新日時: 2023/12/15 21:26

ここ数年、未来を感じたいという欲が満たされないと感じ続けている。

これを言うと、この AI の時代に何を言うかと思われるかもしれない。確かに、AI 技術の進歩はすさまじく、わずか一年の間にも未来的なテクノロジーがいくつも生み出されている。

ただ、それは私が感じたい未来とは少し違う。正確に言うと、私が一員となって感じることのできる未来ではないと感じてしまうのだ。

私は中学生から自分のパソコンを持ち、10 代のすべてをインターネットに没頭して過ごした。

当時は SNS も動画サイトも黎明期であり、大半の国民はそのようなサービスを使っていないか、使っていたとしてもごく限られた時間にコンテンツを閲覧していただけだっただろう。掲示板に書き込んだり、ニコニコ生放送で配信をしたり、Skype や Twitter で知らない人と交流を行ったりといった人は、国民全体の数からみればごく少数であったことは間違いない。

ただ、私はそうした双方向的なコミュニケーションこそがインターネットの最大の強みだと感じていた。だからこそ、(ごく小規模かつ自己満クオリティだったが)自分でも発信者側としての立場を当時から積極的にとっていたし、閲覧する対象としても、自主制作のアングラな(しかしハイクオリティな!)コンテンツばかりを選んできた。

私はそういった行為は未来では当たり前になると強い確信を持っていた。そして、自分は未来の中を生きているという自負に陶酔していた。

20 代後半となったいま振り返ると、10 代のころの私の直観は完全に正しかったと言える。インターネットを通じて遠く離れた人と交流しない人は、もはや今はマイノリティだ。YouTube や TikTok に動画を投稿する人がマジョリティになったとまでは言えないかもしれないが、頭の片隅にそれをする可能性を思い浮かべる程度なら、若年層の大半は経験するようになったのではないだろうか。いま動画投稿や配信をする人が多数派ではないのは、文化祭で好き好んで舞台に立つ人が多数派ではないのと同じ程度のことであり、もはやテクノロジーとしては完全に浸透している。

このように、10 代のころに思い浮かべていた未来は実現した。これは喜ばしいことではあるが、同時に、もう自分は成長している未来の中にはいないのだという実感へとつながる。

私たちはこれから、どこに未来を見出せばよいのだろう?

AI テクノロジーがいくら発展したとしても、それは AI が勝手に動いて勝手にすごいことをするだけである。そこに自分はいないし、その中から生まれる新しいコミュニケーションなども存在しない。(AI と話すことは一定の気づきを与えてくれるものの、残念ながら心を満たしてくれはしない)

あるいはメタバースだろうか?確かにこちらはまだ可能性があるのかもしれない。 ただ、少なくとも私が VRChat など試してみた範囲内では、結局やることは音声で喋るだけであり、VR 空間やアバターの必要性はよくわからなかった。

結局、今私がやっていることは、あくまでインターネットの枠組みの中で、ひたすらニッチなジャンルを攻めることである。 例えば、私は高校生のころから今に至るまで RTA をやっているが、RTA はやっと世間に認知されてきたものの、まだ実際に走るという選択肢に行き着く人は多数派ではない。

このような限定的な市場では、ギリギリ未来を生きている感覚を味わうことができてはいるが、こういった領域は残念ながら時間の問題でどんどん狭くなっていくだろう。根本的には、インターネットの普及という大きな枠組みを出られていないからである。

次の未来を見つけるか、あるいはもうそんなことはあきらめてごく普通の幸せを求めるか、どちらかを残り少ない 20 代のうちにやらなきゃなと、そう思う私なのであった。

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