「古文漢文は必要か」議論に対して感じる違和感

雑記

我が国で定期的に沸き起こる論争に,「高校で古文漢文を教える必要があるのか?」というものがある.

ある人は,「社会に出てからほとんどの人にとって役に立つことのない古文漢文を教えるのをやめて,お金のため方や役所の使い方,PCスキルなどもっと役に立つことを教えるべきだ.」と言い,

またある人は,「子供のうちは役に立つ安易なことばかり学ぶよりも,学問の下地になるような教養を身につけるべきだから古文漢文は必要だ.」と言う.

もちろんこれは賛否両論あって当然だと思うんだけど,おれはこの議論に対して,ちょっと違和感を感じる部分がある.

この議論,「学問」 vs「実用的な知識」みたいな構図として解釈されてるように感じるんだけど,ほんとは校舎も「学問」で,この戦いは「学問」vs「学問」の戦いなんだとぼくは思うんだよね.

「経済・経営学」と呼ぶべきところを「お金のため方」,「法学」と呼ぶべきところを「役所の使い方」,「コンピュータサイエンス」と呼ぶべきところを「PCスキル」なんてふうに,過度にわかりやすい言葉を使いすぎているせいで,後者が「役に立つ安易なこと」みたいな誤解を受けてしまっているんじゃないかっていうのが,おれ視点で立てた仮説.

経済・経営学も,法学も,コンピュータサイエンスも,とても奥が深い学問なので,子供の頃にとっかかりの部分を教養として学習する価値は十二分にあるはずだよね.もちろんこれは医学とかみたいな他の学問でも同じだけど.

この前提が共有された上で,全部の学問の取っ掛かりを高校のうちに学ぶのは物理的に不可能だから,取捨選択が必要だよねって話をして,じゃあ結局どれを教える?っていうところ議論がはじまるべきだと思うんだけど,

ここのスタート地点が揃ってないせいで,みんなが好き放題思ったことをいっててぐちゃぐちゃになってるなーって思った次第.じゃあまたね.

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